さて、なかなか核心には近づけないお嬢ですが
誠実の塊のような「あの」路線が相手なら、もしかしたら…?
[和光市駅担当:Sサ]
【有楽町にはあと一歩で逃げられてしまう/和光市駅】
武蔵野が逮捕(?)され隔離された後、結局何もわからずじまいだったことに東上は気付いたが、もはや朝霞台では誰にも何もききだせる雰囲気ではなく、しょぼん、とちょうどやってきた電車に乗り込んだ。
あてもなくふと見上げた路線図で、あ、とひらめく。
そうだ、相手がよくなかったのかもしれない、と。
八高にはマグロでごまかされたが(でも想像するとうっとりしてしまうのは…許してほしい)あれは今思うとなんだかあやしい。
まあ武蔵野は…単純な人選というか路線選択ミスだとして。
「…有楽町」
見つめるのは和光市、呟いたのは地下鉄の。
そして思い浮かべるのは、いつでも穏和な顔だった。
「有楽町っ」
「はいっ?!」
ドアが開ききる前にほとんど叫んでいたのは、相手が今まさに電車に乗り込もうとしていたからだ。
振り返った有楽町の背中を掴んで、はあ、と大きく息を吐く。
「ゆうらくちょう…」
甘えるような声と目で呼べば、有楽町が見事に固まった。だが、必死な東上は気付かない。
なに?!なにごと?!これが盆とクリスマスとバレンタインと昇進祝いが一緒にきた状態?!なんて動揺している有楽町のことなんて。
「…な、…」
「おしえてっ」
「は、はいっ?!」
な、なにをですか?!
有楽町は口から心臓がはみ出そうになった。だが有楽町ばかりを責められるものでもないだろう。これは、東上だって悪い…たぶん。罪つくり、という意味において。
「ねえ、しってるでしょ?有楽町なら、ごまかさないでしょ…?」
くらくらしながらも、最後の理性でもって、有楽町はといかけた。
「…と、東上?なんのことか、オレにはよく…」
「とぼけないで!しってるんでしょ!」
ああ、そんな。潤んだ目で眦を赤くして見つめないでほしい。切実に有楽町はそう思った。思ったが、相手は東上だ、通じるわけがない。
「…う、うん、わかった、わかったから、とにかく逃げないから!」
有楽町は腹をくくって、すがってきた東上に直に向き直り、捕まえるように肩を捕らえた。そうして、真摯に見つめる。
「…とにかく、落ち着いて?ね?東上」
まっすぐに見つめる目は優しくはあったけれども男性であるということを妙に意識させたから、東上は気まずい思いで目をそらした。
そして。
「…23日?」
「そう!…有楽町、知ってる?」
ぷん、とした後に不安げに問うてくるのがおかしくて、有楽町は目を細めた。
「うーん…勤労感謝の日だっけ?」
「え?」
顎を押えて、本当に分からない、という顔で当たり前のことを言えば、東上が瞬きをした。
「だからさ、23日。そうだよね?」
「え…あ、うん…そうだけど」
「じゃあ、勤労感謝だからさ、駅員さんたち、東上にお疲れ様会とか企画してるんじゃないの?」
東上が目を大きく見開いた。すぐに、その頬は赤くなって。
「…そ、…そんな、ことは、ない…!」
「そうかなあ。そうなんじゃない?」
にこにこと尋ねれば、ベンチの隣でもじもじと視線をそらす。追い詰めはせず、有楽町はにこにこと続ける。
「そうだと思うよ。だから、あんまり聞かないでおいてあげたら?」
こっそり聞いていた職員たちは、有楽町のなんというかあまりの「うまさ」に舌を巻いた。これは、秩鉄や八高とはまた違った「うまさ」ではないだろうか。
…勿論、有楽町は知っていた。むしろ、自分も手に入れる算段はとっくにつけている。そのあたりはぬかりない。
だからこそ今の時点では彼は職員さんたちの同士であって、邪魔する理由は万に一つもなかった。
「…そ、そうかな」
「そうだよ。なにいってるの、東上のとこのひとたちのことは、東上がいちばんわかるでしょ?みんな東上が大好きで、真面目ないい人たちじゃない。なにも変なこと、あるわけないじゃないか」
さわやかに笑って言われると、確かにそうかなあ、という気にさせるのだから不思議なものだった。有楽町は、その人畜無害笑顔ひとつで騒乱の種を収めてしまったのだから。
「あ、じゃあね、オレ、ちょっと急ぐから、いくね?」
「え、あ、うん」
「寒いから風邪、ひかないようにね」
にこりと笑って離れていく有楽町には一片の曇りも非もなくて、あまりに堂々としていたために、まさか丸めこまれているともだまされているとも東上はひとつも思わなかったのだった。